父親が自分の札入れの中を一瞥した。
そして追求するかのように奥さんの方を見た後、息子の方を見た。
「息子がお金を抜き取った!」
「どうしてそれが分かるの?」と奥さんが反駁した。
「わたしが抜き取ったということもあり得るかもでしょう」
父親は信じられないといった風に頭を振った。
「全くその通りだ。まだちょっと残っているんだから」Vater warf einen Blick in seine Brieftasche..→
* *
お金を無断で拝借する仕方には息子と母親とでは違っているらしい。
だから、だれの犯行か分かるというものらしい。
息子だったら全部抜き取って行ってしまった!?
自分の奥さんだったら、ちょっとだけは残しておく?
わたしも同じような体験をしたことがあります。
どうも財布の中味が減っているような印象を持ったのですが、確信が持てない。
いくら入っているのか、入っていたのか自分でも確認しながら、
持ち歩いているわけでもないし、そのまま自分のデスクの上に置いておく。
後で中味を認めてみると、どうも感触として札束が減少していると思わざるを得ない。
まあ、現場を捕らえることが出来なかったので、誰だかは特定できない。
* *
何でも入れ物に入ったモノは費消されて、その中味はいつしか減って、
最終的には空になる。
でも完全に空にしてしまうことに何らかの躊躇があるのだろうか。
空にしたのは誰だ!? お前か!? と詰問されることを恐れているのだろうか。
それを避けるための保身から出る心理行為だろうか。
我家の冷蔵庫の中、牛乳のパックが何本も入っているのですが、
ほどんど空に近いパックも入ったまま。
最後まで飲みきってしまえば良いのにと思うのは私だけ。
自分が最後に飲み切ってしまった本人だということには成りたくないという心理が働いているらしい。
食卓用に醤油瓶の中味も少しだけ残しておく。
食パンも最後の一二枚は残したまま。
少しだけ残しておく、その心理がわたしにはよく分からない。
尤も、日本ではお茶碗に盛ったご飯を全部、米粒一つも全部食べきってしまうのはマナー違反とか?
品がないとか? まるで乞食のようだとか見做される?
だから数粒は残してご馳走様でしたにするとか。
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